「 技術屋ってのはなぁ、毎日決まった歯車をはめるだけじゃ満たされねぇ生き物なんだよ。 」
―キンブル・ドッドウォールド
「私は、鳥のおもちゃだと思うの」
「えーなんでそう思うの?」
カウンター席に座る二人の少女は、テーブル部分の木目に指を当てて、なぞりながらお話をしていた。相手の方に伸びる手前の木目から、相手側にすーっと指をずらしていく。相手の手にぶつかりそうになると、腕を上に下に避けて、届くところまで相手側になぞっていく。肩が触れたりしたら、くっつくようにして二人で少し笑ったりして遊んでいる。届かなくなるか、木目が途中で終わっていれば、次の木目を選んだり、黒くて丸い窪みの部分をぐるぐるとなぞったりして遊んでいた。
「サンベルはなんだと思う?」
リーノは、まだなぞっていない木目を探しながら言った。
「ん〜、豚さんかなぁ?リーノはなんで鳥なの?」
「えっとね、この間は水の中を泳ぐ魚だったでしょ?今度は空を飛ぶものだと思うの」
「ふーん。そういえば、その前はぴょんぴょん跳ぶうさぎさんだったよね」
その前は、びっくりする位飛び上がるバッタで、その更に前は、歩く人を追いかけるアヒルだった・・・と二人はこれまでのラインナップを振り返った。サンベルが坂道を上るボールの話をすると、リーノが木目を指差して、この辺の柄が豚さんみたいと二人で笑った。
「やっぱり、二人のお目当てはレンチなんだな」
カウンターテーブルの奥から、スキンヘッドに黒いエプロン姿の中年が話しかけた。二人は木目を指差したまま、顔を向けてあははと笑った。リーノは木目追いかけに戻って、サンベルが男に答えた。
「だって、レンチのつくるおもちゃはいつも面白いんだよ。ダンテさんもびっくりするでしょ?」
「確かに、ほかの奴じゃあんなもの作れないな。俺もいろいろ見てきたけど、いつも驚かされるよ」
ダンテは、汲んできた水をコーヒーメーカーに仕掛けた。カウンター席の目の前に置かれたコーヒーメーカーは、水の流入口が螺旋状になっている。熱湯を入れてたった数十秒で抽出するものではなく、挽いた豆に水を滴らせてじっくりと染み出させるタイプだ。下部に溜まるしっとりとした液体は、新しい滴が落ちる度に震えていて、じっと見ていると音が聞こえてくるようだった。
「お土産、忘れてないといいな」
ダンテは意地悪な顔で二人に話しかけると、二人は大丈夫だよと笑った。
ダンテが暫くカタカタと食器を並べていると、スイとトビラが空いた。
「いらっしゃい。おう、レンチ。お客様がお待ちだよ」
トビラがガタンと閉まると、ベルが動きを追いかけてチッチと鳴った。
「すっかりお馴染みになっちまったね」
レンチは、怒りも笑いもせずに二人の少女を見やった。二人は何も言わないが、木目追いかけを辞めて、さっきよりも明らかに開いた瞳孔でレンチを見つめていた。レンチは、足元に目をやると、入口の段を降りて、カウンターテーブルの方に向かった。
「しっかし仕事が早いね。頼んでからだと、まだ二日経ってないじゃないか」
レンチは、肩から下げた袋を持ち上げながら応えた。
「他の奴もあったから時間かかってさ。ここのドアクローザーなら実質半日かからないよ」
レンチが肩に下げた袋を椅子に降ろすと、ダンテはメニュー表を指差した。
「たまには飯でも食っていけよ」
「いや、悪いんだけど、今日は次があるから良いや」
ダンテはウチが何屋さんだと思ってるんだよーと言って仰け反ってみせるが、レンチにコーヒー屋さんだろと追い打ちされた。悔しがるダンテを見て、女の子が二人笑った。
フラン・ド・デトールが料理を出すようになったのは、ダンテが店主になってからだった。今でこそ、パスタとか定食とかをしっかりと御馳走になれるが、彼の父親が店主の頃は、コーヒーやカプチーノがメインで、食べるものといえば、それについてくるクッキーとかサンドイッチ程度だった。そう。もともとは喫茶店。コーヒー屋さんなのだ。父親が息を引き取ってから暫く店を閉じていたが、ダンテ自身がここのコーヒーが飲めないと料理ができないと訴えるようになり、直々に店を継ぐに至った。その前のダンテの料理屋も中々繁盛していたので、料理屋を閉じてから追いかけてくる客が多かった。もう一度だけあの味を、なんて頼まれる内、ここで料理を続ける形に収まったのだった。だから、ダンテの腕は、そこそこ本物だ。
ダンテは渋々、ソーサーとカップを用意すると、コーヒーメーカーの下に重ねた。
「あれさ、ベルは直さないの?」
「あぁ、突然詰まったみたいになっちゃってさ。あれも何とかなるかい?」
リーノが、あっという顔をして、背筋を伸ばした。
「ウチもベル買ったよ!ベントモールで見つけたのが安かったんだって」
「リーノ、それって量産品じゃないの?」
サンベルがリーノを覗き込んで言う。レンチは息を吸いながらチラと木調の天井を見つめた。
「うちのベルは、ああ見えて割と良い物なんだよ。店の最初の挨拶は、そこらとは違った方が良いんだ」
素敵な時間は五感で感じるものなんだよ、とダンテが腕を組んで見せたが、女の子はふーんとすら言わずに目線をレンチの袋に向けていた。
「ダンテ、取り付け作業の前に、常連客の納品を済ませたいんだが」
「何ぃ?先客を差し置いてかぁ?まぁ、常連なら仕方ないか。ご愛顧さんを待たせるなよ」
ダンテはわざとらしく驚いてから、渋々OKした体で、ニコッと笑った。
レンチは袋の底を探って白い包みを取り出すと、その包装をパリパリと取り外した。中から小さな薄茶色の細工品が顔を出し、少女たちの目を奪った。
「鳥のおもちゃだー!」
「リーノ、当たったね!」
二人が歓声を上げる中、レンチは包装紙だけ袋に戻すと、鳥の細工品をリーノに差し出した。
「ほら、リーノ」
「かわいい!いいの?」
リーノに渡された鳥の細工品は、小さな翼を大きく広げた格好で、そのまま風にのって滑空して行きそうな形をしていた。表面もきれいに磨かれ、翼の造形からクチバシまで繊細に仕上がった逸品だった。リーノは小さな鳥を紙飛行機のように掴むと、くるくると旋回させた。
「すごーい!いいなぁ・・・」
うれしそうな顔をしていたサンベルも、だんだん羨ましくなってきたのか、レンチをじっと見上げて言った。
「私にも作ってよー。同じのでいいから」
「ばぁか。同じモンは創らねぇよ。まぁ、次を楽しみに待ってな」
レンチは、サンベルの頭をわしゃっと撫でると、詫びも笑いもしないで、袋の中の工具下げを取り出した。サンベルが物欲しげに見つめる中、リーノは鳥と一緒に走り回っていた。
「お待たせしました。お客様、当店自慢の水出しコーヒーでございます」
河上 貴翔 -kisho kawakami- -