かきかけの物語 かきかけ小説 MonkeyWrench BOLT1−2

 コウバ街は確かに当時のままで色鮮やかだが、そのまま時が止まっているところが何軒も目についた。ひと月前の光景がそのまま残っているなんてことは、この街でそうそう無いことだった。”店面替えの頻度が技量を表す”なんて標語もあったくらいだ。部屋の掃除をするくらいの感覚で、改装工事を繰り返していたわけだ。
だが、今となってはどの店も、トビラを開けず、煙も上げず、音も鳴らさない。これでシャッターでも下りていれば目に優しいのにな、とレンチは胸中で嘆いた。
 代わりに賑わっているのが酒場だった。夕方になれば、コウジョウ帰りの男たちが一斉に湧き上がるし、昼間から飲んだくれるデカい体の奴も増えた。当時も大層な騒ぎ様だったが、今は昼間でもなかなかの人数が詰め込まれている。ただし、コウジョウ帰りとコウバの技術者が並ぶと、背を向けた睨み合いが始まって空気が張り詰める。そうなってしまうと、その場にいる他人ですら酒を温くしてしまう。
 今日のオープンテラスには、罵声を創りながら酒に溺れている男たちが居た。
「おい!レンチ!てめぇ!なんて目で俺を見てやがる」
大柄の若い男は急に立ち上ると、柵の上からレンチを睨んだ。レンチは、視線を進行方向に向けたまま通り過ぎようとするが、男に胸ぐらを掴まれる。
「無視すんじゃねぇ」
 胸ぐらをつかまれて正面を向くと、レンチの死んだ様な目は、初めてその男を映した。
「いいよな、センス輝く天才様は。俺も弟子入りして技を盗んじゃおっかなぁ!」
「ダドリー、やめとけよ。レンチの弟子になって、3日続いた奴はいない。知ってるだろ。親のセンスの七光りで技術者やってたお前にゃ到底無理な話だ。」
 ひと席奥に座っている初老の男が、2人の間に声を入れた。ダドリーは胸ぐらを掴んだまま、頭を奥の男に向けた。
「てめぇ!ビープのじじい!おい!言わせておけば!俺のアレンジ力をなんだと」
「だったらおめぇの実績を5W1Hで言ってみろよ。おめぇが本物だったらコウジョウになんていかねぇだろ」
「おい!てめぇ!こんのやろー!」
 ダドリーは、中身のない牽制を繰り返すと、表情を強張らせたまま矛先に困ったのか、レンチに向き直った。
「おい!てめぇはどう思うんだよ。レンチ」
 レンチは、胸ぐらを掴まれたまま、じっと石畳を見下ろしていた
「レンチ!てめぇ!聞いてんのか!てめぇ!」
「あ、いや、ちょっと考え事してた。さっぱり聞いてなかった。すまん。よく分からんが頑張りなよ。ちょー応援してるから」
レンチは、地蔵のような無表情で答えた。わくわくして着火した花火から煙しか噴き出さなかった時みたいに、ダドリーの表情から強張りが一気に消えてしまった。掴んだ胸ぐらを緩め、そのまま下を向いて席に腰を落とした。ビープは店員を捕まえると、手で口元を隠して、あいつにおかわり、と耳打ちした。

レンチは、昼間キンブルが言った言葉を反芻していた。
『工場が、技術者の作品を盗んだ。』
“いいもの”を量産するため、か。しかし、技術を盗むって言っても、設計がわからなければ同じものを作りようがない。…リバースエンジニアリングできる奴が雇われたのか。
 出来上がった作品を分解、構造を分析していくことで、どんな設計だったかを読み解いていく技術。もちろん、そもそもの作業手法等を広く熟知していなければ、作品から設計を読み取ることは叶わない。つまり、それなりの技術者が、技術者としてコウジョウに手を貸しているということだが、いったい誰が。
「技術者組合でもあればいいのにな。」
 レンチは、技術者の協調性について嘆いた。リバースできるとすれば、こちらがどれだけオーダーメイドで逸品物を作ったとしても、簡単に量産されてしまうだろう。こんな時、技術者が連携して、盗作とかの対策を打ったりできればいいと思うが、個性に満ち溢れた技術者たちに、それを求めること自体が非建設的だ。だからこそ、今現状の顛末なのだろう。
 コウジョウ側についた技術者があんまり派手な事をしてくれませんように、と祈った。
暫く歩き、フラン・ド・デトールという看板を見つけると、レンチはその入り口を目指した。

河上 貴翔 -kisho kawakami- -
かきかけの物語 かきかけ小説 MonkeyWrench BOLT1−2