かきかけの物語 かきかけ小説 MonkeyWrench BOLT1−1

追いかけたってどうしようもないさ。
こんな老いぼれが行ったところで、読んだまま足手まといだろうよ、
 今までだって、さんざ追いかけてきたんだ。いつも追い越されてばっかりさ。
 だからこうやって、流行りもしない昔の細工を作って遊んでるんだ。
 でも、懐かしがって買って行ってくれる人もいるんだよ。割と。食い繋げるくらいは。
 そういった意味じゃあ、来た道を遡ってみるのも悪くないとは思うんだが、どっち向きだろうと、この歳じゃもう歩くのすらままならない。大体、若い頃の自分ってのが、どこ見て走ってたのかってのが、もう分からないわけよ。―懐中工芸店ジュピタル・クオーズの店主 ジルハ

 ―ボンディップエンジニアリング―
 甲高い音に打ち付けられる木材。勢いよく吹き出す蒸気。重く唸るモーター音。通りにはコウバが幾つも連なっている。カラフルな木っ端を打ち付けただけの曲がった看板に、黄色ピンク、オレンジ紫な玄関先。トタン屋根のがたついた木造。曲がりくねって窓から伸び出たハリボテの煙突は、緑色の煙を吐き出すたびにグラグラいっている。入口と思われる六角形の引き戸からも、橙色の煙が漏れていた。そのお隣さんのコウバも、大した取り付けものを背負っているが、コウバ一つ一つの“色合い”は周囲との協調性というものを理解した上で無視しているかのように、きっぱりと別物だった。技術者達が出す騒音は、粗雑に広がった石畳にぶつかってこだまを重ねると、いまだ手つかずの空に抜けた。
 図面を広げて咥え煙草で歩くエプロン姿の初老の男性。小さな窓から覗いて見える、装着型の顕微鏡を頭に乗せて目を光らす鷲鼻の中年。酒場のオープンテラスで昼間からビール片手に真っ赤な顔のひげだるま。服装も見た目も多種多様だが、彼らは皆同じ技術者。この街を彩る男たちだ。この街に最も多いと言われている技術者たちのコウバも、すべてこの男たちのように濃い味の建物ばかりだ。
 そんなコウバを眺めながら歩くのは目が疲れて敵わない。『他の街から来た気に入らない奴がいるなら、コウバ通りへご案内』なんて風刺もあるくらいだ。よそ見は控えることにしよう。
 目が多少充血するほど進むと、Y字路の尖り場に赤いタータンチェック柄の塔が見えてきた。その数件先に“モンキーレンチ”の看板はあった。
 ごつごつとした大柄の中年は、看板の下にあるトビラを引いた。
「おう!レンチ!繁盛してるかぁ?」
 トビラの動きを追いかけて、チリンチリンと鈴が鳴った。中年が言い終わるのを待たずに、高速回転するモーター音と、木材の切削音が鳴り響く。大きくて狭い作業机や無骨な形の鋼鉄資材などが乱雑に置かれ、一角には技術書が積み上げられている。資材や設計図を掻き分けて奥を覗きこむと、切削音と共に巻き上がる粉じんの中に、ゴーグルをつけた青年を見つけた。青年は、木製の椅子に腰かけて、前のめりで旋盤に向かっている。
「ぼちぼちかな。キンブルはどうなんだい」
 レンチは、視線を手元に置いたまま応えると、また暫く切削音を上げた。
 キンブルは、ずいずいと物をかき分けて進みながら、なんだ聞こえてたのか。と目を丸くして、さっき居た入口の方を眺めた。
「ウチはコウジョウ化のおかげで駄目だ。あがったりだよ」
この街では、ここ半年ほどで大量生産施設が勢力を伸ばしており、技術者たちとの客の取り合いが起きていた。しかし、優れたものを大量生産するコウジョウに、技術者の生産スピードは遠く及ばず、すでに三割ほどの技術者がコウバを閉めてしまった。
コウジョウは、優れて高価なものでも、それを量産することで、コストを低減させる。作業者は一つの単調作業に専念し、日々繰り返す。それぞれがそれぞれの作業に熟練していけば、よりよいものが、より早くできていくことにつながる。いいものが安く手に入れば、生活は潤う。よりよい生活を望む家庭は、いとも簡単にコウジョウ製品を選んでいった。
「俺には関係ねぇな」
コウジョウは、バンスチューグレット侯が他の街から持ち込んだ手法だったが、技術者たちは当初からそれを白い眼で見ていた。少し前、技術者の端くれが、良いものを広く伝えるための“創作”をするために捨てるべきものもあるんだと口上してコウジョウに上ったが、そいつは結局コウジョウ勤めが続かなかった。半端ではあっても、技術者としてのプライドはあったようだ。創作意欲が強ければ強いほど、耐えがたい日常なのだろう。コウジョウの仕事を辞めて降りてくる元技術者は、決まってコウバに火を灯さない。ねじ切り工程に特化してしまった彼が、技術者操業に戻る事は並みの苦労では成し得ない。しかも、逆風が吹く現状では尚更だ。とはいえ、コウジョウ勤めは稼ぎが安定している。勤めが続く柔軟な元技術者も少なくはない。むしろ、それまで技術者として稼ぎのよくなかった者も、ネジの一本締められれば即採用だ。もともと器用な人材があふれたこの街にとって、生産性を上げるためのこの上ない仕組みだといえる。
「関係ねぇっていっても、ものが売れなくなっちゃ終わりだぞ?」
 レンチは、中年の話に耳だけ傾けてモーター音を小刻みに鳴らすと、腕や足に積もった粉じんを払った。
「それでも、誰かが欲しがるものを創り続けるのが技術屋さんだろ?」
 たった今削り上げたものを指先でくるくると回して眺めた。荒く残ったバリを手袋越しに擦り落とすと、ゴーグルを取ってそれを見つめた。
「そうしたいのは俺たちだって同じだけどよ」
キンブルは、太い腕で壁に頬杖をついて、分厚い肩を前に落とした。
「俺は情けねぇよ。技術者がコウジョウの歯車になっちまってよぉ。街が創作意欲に染まってた頃が懐かしいよ」
 レンチは、また指先でくるくるやりながら、キンブルのそばの椅子にこしかけた。ものを机に置いて箒を手に取ると、また体の粉じんを払う。ばさばさとやりながら、レンチはおや?とキンブルの顔を覗き込んだ。
「どしたの、真っ赤な目して。街並み眺めて世でも憂いてたの?」

河上 貴翔 -kisho kawakami- -
かきかけの物語 かきかけ小説 MonkeyWrench BOLT1−1