Monkey Wrench
「強盗だ!誰か!そいつを捕まえてくれ!」
静まり返った闇の中、コウバから突き出たハリボテの煙突をくぐり、飛び越え、駆け抜ける。
立ち直った先に、声を聞きつけた男達がまたぞろ立ちはだかる。次々と飛びかかってくる男たちを、飛び越えて、すり抜けて、前へ前へと走った。
この街で技術者と呼ばれている、器用で力自慢の男達でも、この強盗の体には指一本触れることはできなかった。障害物の多いこの通りは、俊敏な彼にとってむしろ好都合だった。
あらゆる金品が強固に警備されている首都では、さんざ苦労させられてきた。地下通路を掘削して、豪邸の宝物庫からお宝をいただいたり、王城に侵入して備品を拝借して横流ししたり、骨董品売りに化けて、ごみから漁った逸品を売りつけたり・・・
だが、価値ある代物がそこらで次々と生まれて、強固な警備もされていないこの街でなら、盗み取ること自体はそれほど難しくない。あとは持ち前の逃げ足で、こうやって走り抜ければいい。
強盗は、暫くはこの街でやっていけそうだと少し笑った。
前方に、エプロン姿の男がふらついている。咄嗟に動きを観察する。しかし、その男はこちらを見てはいるものの、ぶらぶらと歩いているだけで、とびかかってくる様子はなかった。
エプロン姿の男を横目に走り抜ける。
「なんだこいつ?」
違和感を覚えたが、確認している暇もなく、強盗は前を目指した。
「おい、お前は捕まえにいかねぇのかよ。きっと最近噂の強盗だぞ。捕まえたら賞金だぞ」
「ばか言え。この騒ぎで、この辺りで、外出たらどうなるかお前だって分かって隠れてんだろ」
「そうだよな。あいつに掴めねぇモンはねぇ。たちまち何でも掴んじまう」
「モンキーレンチにゃ歯向かうなってな」
エプロン姿の男は、後頭部に手を回すと、ガチャと背中の筒の取っ手を掴む。そのまま座り込むと、筒の尾を肩に乗せて、その引き金を引いた。
(急に人気が減ったな)
強盗は、走りながら周囲を見渡した。中心街から離れてはいるものの、まだ技術者たちのコウバ街は続いている。
(巻いたか)
強盗は過去の経験に似た手ごたえを感じると、少しだけにやりと笑った。
キィィィイン
閃光と共に機械音が響く。強盗が振り返ろうとした刹那、轟音がその意識を襲った。
白い蒸気に似た煙の中から、エプロン姿の男が立ち上がる。細く硝煙を上げる筒を背負い直すと、前方に転がっている黒焦げの強盗を睨んで舌打ちした。
「夜中に騒いでんじゃねぇ」
エプロン姿の男は、頭をぼりぼりと掻くと、またぶらぶらと歩いて、出てきた扉にそそくさと収まってしまった。向こう側でチリンチリンと鈴が鳴るトビラの上で、装飾された”MonkeyWrench”の看板が爆風でするすると揺れていた。
presenter - 河上 貴翔 -